こんにちは。今日は、K山氏を悪の道に誘い込んだI西です。K山氏へ向けた女性たちの熱い眼差し。明らかに異なる自分への視線に愕然とし、「やはりコンパに連れて行くべきでなかったか」という忸怩たる思いを抱きつつ、日々の業務に励んでおります。外見はともかく、しゃべりではK山氏を勝っていたはず…。

 広報担当のU氏の紹介に加筆すれば、大阪国際女子マラソンには初参戦。日ごろは、社会部記者として産経新聞で記事を書いておりますが、マラソンが開催される1月28日まで、ひとまずペンを置くことに。事務局では、警察担当として、大阪府警と連携し、警備や交通規制などにかかわる業務を統括しています。

 事務局に入ることが決まったのは10月中旬。待ち受ける業務に対する不安よりも、実のところ、非常に気がかりだったのは、大阪事業局のトップであり、事務局長をも併任するT事業局長の存在だった。

 社会部に配属された約2年前、T事業局長は当時、編集長として、日々の紙面づくりを指揮する立場にあった。特に、事件に対する意見や注文が厳しく、社会部の記者たちから「鬼の編集長」として恐れられていたのだ。

 「おい、社会部!こんな記事じゃ意味通らないだろ!」「おい、社会部!記者によく取材させろ」…。
 というように、編集長デスクからT事業局長の怒気を含んだ鋭い指摘が投げかけられるたびに、記者らの肩はビクッと小刻みに動いた。

 事務局へ入ることになり、社会部で最下層にいる私が、びびりまくってT事業局長と対面したのは言うまでもない。しかしである。会議などで顔を合わせるT事業局長は、社会部をどなっていた当時の姿は影を潜め、非常に柔和で、優しい上司へと変身されているではないか。

 ある会議では、「今年は、みなさんが頑張っているので、私は安心しています。困ったことがあればいつでも言ってください」と締めくくりのあいさつ。私以外の事務局員は、まばゆいばかりの視線を向けていた。

 果たしてT事業局長の真の姿はいかに。私が事務局にいる間は、柔和な上司のままでいてほしいのだが。